有限会社ケーマック
宮崎営業所所長 兼
鹿児島出張所所長

中村 広幸

現在の仕事内容

私の仕事内容は、新しいお客様とのご縁をもらう営業、お施主様や担当者様と現場確認、補修箇所の確認や作業員の手配、事務作業の最終確認、実際の現場作業など幅広くお仕事させていただいております。

そしてなにより!宮崎営業所所長として営業マンや現場作業員の協力を仰ぎながら、営業所全員が滞りなく仕事が捗るよう日々考えております。

オーディーグループでの感動体験

私は自分を客観視すると器の小さい人間だと思っています。良く言えば喜怒哀楽がハッキリしてるというか小さい事にも腹が立つし、小さい事にも涙が出ますし、小さい事でも喜んでしまいます(単純なんですかね!?笑)私の心のポケットは小さいんだと思います。

そんな私がリペアという職業に出会い色々な傷補修をしてきました。仕事を始めた当初は先輩方にご教授を頂きましたが、元来不器用な私です、傷補修をしているつもりが逆に傷が目立ってしまったり、お施主様からは補修中「もう少し綺麗にならない?」とのお言葉。私の心のポケットはいつも怒と哀と焦りで満たされてました。

それから1年過ぎた頃から、マンション現場で監督さんに「良いんじゃない」という言葉をもらいました。2、3年目になると新築現場で工務さんが「交換が間に合わんかったけど補修して助かった!」。現場で奥様が「傷がどこに有ったのか全然分からんね」と、少しずつ喜びの言葉が増えていきました。それと同時に私の小さいポケットに怒や哀から喜や楽が増えていくのが実感出来る様になりました。5年目6年目に入った頃、私の小さなポケットは焦りも少なくお客様の感謝の声で満足がいっぱいになる日が増えました。

そんなある日お客様より補修内容を見て『感動するね!こりゃあ』と言葉をいただきました。私の小さなポケットは感謝と感動で満ち溢れました。毎日良い言葉だけを頂けるわけではありませんが、そんな感謝の言葉を頂くたびに私の小さな心のポケットは喜びと感謝と感動で溢れています。

人生が変わったエピソード

『考え方』と『人脈』です。私は1975年に片親の三兄弟の末っ子として生まれました、家は裕福では無く高度経済成長期・バブル期の時期ですら晩御飯のおかずがトマトだけとか冷奴だけの時も有りました。そんな中でも兄2人は優秀で長男は頭が良く、リーダーシップが有り次男はスポーツ特待で日本代表候補まで挙がった程でした。私はというと子供の頃からパッとせず高校卒業して成人してからも仕事は入っては辞めてを繰り返し30歳過ぎでは40社程転職を繰り返す有様でした。その時の私の心情は「貧乏・兄達格差・社会への不満・将来への不安・承認欲求」あの頃の私は「自堕落」という言葉が一番適した時代だったと思います。

そんな折ネットで見つけた補修の仕事を何となくはじめてみる事にしました。『仕事を通して自信が感動したエピソード』で書いたように不器用な私でしたが40歳を前にして頑張るしか無い自分と向き合い仕事を続け、2年ほど経った頃当時ケーマック名古屋営業所のTさんより「ケーマックに来ないか」と誘いを受け入社し、チームワークが有るとは言えない営業所でメンバーの潤滑剤の様な立ち位置で働いていましたが、一身上の都合により出身地の宮崎に帰る事になります。

「また転職だな」と思っていると当時のケーマック代表(神田さん)が「中村、宮崎で営業所やってみるか?」の一言を頂きこんな私がいきなり2016年6月宮崎営業所を背負って立つ事になりました。それからは代表の期待に添えるように頑張り続けた6年間の中で「成長しないと今の私ではダメだ」と思い、色々な書籍・動画を見て、色々な人とも会い、会社社長・公務員・市議・元参議院・開発者など私を成長させてくれる方と交流を深める様に心掛けました。。。ここまでが私の半生です。

今の私は46歳。「自己実現」はまだ何もしていません。ですが「自堕落」だった10年前より成長している自負は有ります。それはポチッと押した補修の求人、「うちに来ないか!?」と言ったTさんの言葉、そんな些細な『if』から人生が変わり自分を変えたいと思った時が始まりだったと思います。人は変われると教えてくれたケーマックや皆さんに私は感謝しています。

自分が成長した出来事

私はケーマックという会社の一社員に過ぎませんが、本社が関東地区に有り、本社からは目の届きにくい南九州地区の宮崎営業所と鹿児島営業所で『有難い』事に営業所長として営業所管理をさせて頂いてます。

前文でも書いたように『有難い』とは、毎日何かしらの『難』が有ります。例えば、「雨天のため外部補修不可でリスケジュール」、「補修箇所以外で私共が別に傷をつけてしまった」、「駐車スペース以外に車を置き近隣から苦情」、「付箋の張った傷箇所が補修されてない」、「請求書宛名や送付先の入力間違い」、「現場入場予定時間の遅刻」、「現場が確定している従業員が当日いきなりの欠勤」、「私と従業員の意見の相違」、「常時人員不足」、「お客様との打ち合わせ不足による行き違い」、「パソコンの不具合」・・・等々、小さい事を上げ出したら1日かけても話切れないほど『難』が有ります(笑)。

しかし、そんな毎度の『難』が今の私にとっては有難い。文字通り難が無ければ『無難』ですが、そんな毎日では楽は出来るし会社としては良いのでしょうが、自分自身や宮崎営業所、延いては鹿児島営業所としての成長は望めません。

一つ一つの『難』を受け止め、乗り越え、肥やしにし、そしてレベルアップした自分達で次の『難』に挑んでいく、そんな毎日は大変ですがこれこそがやり甲斐や生き甲斐に繋がって行くのだと思っています。禅問答みたいですが私はこのケーマックという会社で『無難』では無く『難』を有り難く思い、これからも成長・レベルアップをして行くつもりです。

今後やりたいこと

2年前に宮崎のローカルラジオで県内中に「私の夢と野望」と題して10分程話をした事が有ります。当時、営業所の所長業務をしてる私の夢と野望は、宮崎営業所の売上の向上、次に鹿児島県に営業所の新設、次に愛媛県に営業所新設→島根営業所新設→和歌山→三重→静岡・・・と西日本でケーマックを大きくして行くと夢を語りました。勿論簡単な事では無いのはわかっています。それを聞いていた友達や知人には少しバカにされましたが、折角それを実現出来る会社に居るし、夢を語れる環境に有るのだからと意思表明のつもりで話したのを覚えております。

挫折も有りましたがまず第一歩目の鹿児島県姶良市に営業所を新設しました。「目標」とは今の自分でも実現できるターゲット、「夢」とは漠然とした目標「野望」とは無謀なチャレンジだと辞書に書いてありました。今後部下が増えていくであろう私の取り組みとしては「目標」や「夢」を語れなくなった大人の強がりを聞いてやれる上司になることがまだまだ未熟な私の『野望』にして行きたいと思っています。

瀬川 尚平
オーディー株式会社
水廻りプロフェッショナルスタッフ
市川 孝二
オーディー株式会社
水廻りプロフェッショナルスタッフ
中村 広幸
有限会社ケーマック
宮崎営業所所長 兼
鹿児島出張所所長
太田 安俊
有限会社ケーマック
営業
澤井 晃
有限会社ケーマック
補修エキスパートスタッフ
手賀 俊行
オーディー株式会社
営業
神原 利政
オーディー株式会社
水廻りプロフェッショナルスタッフ
関口 崇
有限会社ケーマック
補修エキスパートスタッフ